民族差別と戦争の悲惨さを訴える・・・。


『アンネの日記』は、人類の必読書であるといいたい。


この地球上に人間差別と戦争が存在する限り。


第二次世界大戦時のナチスによる、ユダヤ人迫害は、言語を絶するものがあります。


ユダヤ人アンネは、13歳の誕生日に、父から日記帳をプレゼントされました。


その直後、オランダの隠れ家に移る・・・。


高齢化社会の進展速度は、65歳以上の人口が全人口の7%から14%になるのにかかる年数で考えられています。


フランスでは115年、スウェーデン85年、これまでに最も早いといわれた西ドイツで45年です。


日本は26年で到達すると推定されています。


私たちは、1970年から、正に急速な高齢化社会に突入しているわけだが、この本は読んでいて、悲壮感がない。


むしろ、ヤル気の出る本です。


高齢化社会に向かって、自分はこうしたい!みんなとああしたい!と展望の見えてくる本です。


特に、医療に携わっている皆さんには「老人やその家族への保健福祉活動」(二四一頁)は参考になることと思います。


なお、事例に引用されている、岩手県沢内村については、『生命村長」深沢晟雄物語』及川和男(童心社1200円)があります。


『高齢化社会と教育〈高齢化社会シリーズ⑦〉』室俊司・大橋謙策共編(中央法規出版3500円)この本は、"高齢化社会"の時代をリードする一冊です。


対象は、高齢者のみではなく、高齢化社会を生きる、児童・青少年・成人男女・すべての人々の教育のあり方が問われるとして、まさに、オールエイジ対象です。


根底にある考えは、老若男女が"相互理解と相互協力"によって、"共に生きる"社会づくりを目指すことであり、それは"くらしの文化創造"でもあります。


そのために、国や自治体、個人はどう対応していったらよいのか、その方法を国内外の先進的事例を提示しながら解説しています。


世代別提言のなかでも、ユニークなのは定年前の"離陸教育""第三の人生"など、ポンポンと登場してくる新しい用語とともに、新しい生き方を大胆に投げかけてくる。

私は、ある事情で、日常生活すべてを人前でせねばならない状況に長く置かれたことがあるのだが、そのときは、1週間排便がなかった。

人前とはいえ、他の人は目をそむけているわけだし、もちろんオムツではなく、ちゃんとした水洗トイレで、肝心のところは隠されているという状況ですらそうなのである。

多くの介護者は、「老人だから便秘気味なのだ」と考えているかもしれないが、オムツ老人に下剤や涜腸が必要な理由の第1番めは、オムツのせいなのである。

ましてや前に述べたとおり、上を向いた姿勢では腹筋も働かないし、重力も味方してはくれない。

さらに下剤や涜腸の常用は、排便反射をますます消失させてしまうという悪循環に陥ってしまう。

訓練より排泄のための離床介助をさて、われわれ介護者はどうすればいいのか。

老人ホームの介護職だけでなく、治療の場にちゃんとした介護を実現しなければ、治療効果もあがらず、本当の看護はないと考えている看護職、さらには、在宅障害老人の生活づくりを真剣に考えているいろんな職種の人たちにとって、何より義的にやらねばならないこと、それが「排泄最優先の原則」である。

私たち人間は、社会性を獲得する代償として、便秘という宿命を負ってしまった、といえる。

「さて、便意は、しばらく我慢していると、直腸壁の緊張が低下して、便意を消失させることができる。

また、意識的に外肛門括約筋の緊張を強めても排便を抑えることができる。

しかし、このようなことを常に行っていると、普通の直腸圧の増加では便意が起こらなくなり、いわゆる常習性(直腸性)便秘の原因となる」(前掲書)

なるほど、本来、反射運動であるはずの排便が、例えば、朝、時間がないとか、仕事中だからといった理由で便意を無視していると、排便反射が起こらなくなってしまい、ますます便秘気味になるというわけだ。

せっかくの排便反射を在宅でも施設でも、障害老人たちのじつに多くが下剤や浣腸に頼って排便をしているのも、同じ理由である。

介護上の理由から、せっかくの彼らの排便反射を抑制し、消失させてしまったのである。

なにしろ、トイレに行けないというだけで、当然のようにオムツを当てられ、その中に排便するよう強制させられるのだ。

排便を催す、つまり、便意とはいったいどのような仕組みによるのだろう。

再び『図解生理学』の「排便」の項を読んでみよう。

「直腸壁が糞便によって伸展され、直腸内圧が30~50mmHgぐらいに高まると、直腸壁に分布している骨盤神経を経て興奮が脊随および大脳へ伝えられて便意が起きる」

ふむふむ。

食べ物が胃に入ると、反射的に総蠕動で糞便が直腸に送られ、直腸壁が伸びることで便意が生じるのか。

「便意が起きると反射的に直腸の蠕動、内肛門括約筋の弛緩が起こって糞便が体外に排泄される。

これが排便反射defecationreflexといわれるもので、随伴症状として、随意的な腹圧の充進、声門を閉じて息をつめるなどの現象が加わってくる」

ここまで読んだなら、私たち、老人の排泄介助に関わっている者が見逃してはならない点に気づかねばならない。

それは、排便とは、すべて反射運動として記載されているということである。

反射という、自分の意志ではなくて自動的に行なわれるものである。

随意的に行なわれるものは、ただその反射を助けるために最終局面で行なわれる、「腹圧の尤進、声門を閉じて息をつめるなどの現象」、つまり、"ふんばる"という動作だけなのである。

となると、なるほど、直腸は糞便をためる器官ではなく糞便を排出する器官なのだ。

もし、こうした排便反射だけで排便が行なわれるのであれば、話は簡単である。

鳥のように空を飛びながら、牛のように歩きながら排便することになるから、便秘もないし、したがって、どうやって自然排便に近づけるか、なんてことも考えることはない。

その代り私たちは、社会性を失わねばならない。

嬉しい知識またまた『図解生理学』(医学書院)を開いてみる。

「排便」の項の最初から読んでみることにしよう。

「糞便feceは、普通、下行結腸からS状結腸にあって直腸には存在しない」(195ページ)あれっ、と私は思う。

そうか、直腸には普通、糞便はないのか。

このことはちゃんと確認しておく必要がある。

私たちはなんとなく、直腸とは便をためるところだと思ってはいないだろうか。

特に摘便を日常的に行なっている介護職や介護者は、直腸に便があるのは当たり前だと思いこんでいるかもしれない。

続いて読んでみよう。

「これはS状結腸と直腸との間の輪状筋が収縮して糞便の通過を制限しているためで、量が多くなると自重によって直腸内に入るか、あるいは総購動によって直腸に送られる」

総蠕動という言葉が出てきた。

さいわい、『図解生理学』の前の項が、「大腸における消化」で、そこに説明が出ている。

「横行結腸以下の蠕動は、24時間に1~2回しか行われない。

しかし食事を摂ると、横行結腸からS状結腸にかけて急激に強い蠕動運動が起こる。

これは胃結腸(大腸)反射gastrocolicreflexによるもので、これによって結腸の内容が直腸に移送される。

これをとくに総(大)蠕動massperistalsisと呼んでいる」なるほど、朝食後に排便を催すことの多いのは、こうした仕組みによるのか。

こうした、日常の実感を意味づけてくれる理論は嬉しいなあ。

自然な排便とは

さて、排泄という領域で、この方向性をめざすとは、いったいどういうことだろうか。

自発的で主体的な排便なんてものがあるのだろうか。

まず第一には、姿勢である。

座って排泄することは、科学的でもあり、主体的な方法でもある。

逆に、いまだに大半の病院や施設で行なわれているような寝たままの排泄のほうが、非科学的で受け身的なやり方だということになる。

座って排泄する理由は、何とか重力や腹圧を利用して、"自然な"排便を実現しようというところにある。

では、"不自然な"排泄とは何かというと、浣腸や下剤に頼った排便ということになる。

いくら便秘が痴呆性老人の問題行動の原因だといっても、毎回のように浣腸で処理してしまうのでは、問題行動を消失させようとして老人を受け身的にし、新たな問題を生じさせるかもしれない。

なんとか、自発的で主体的な自然排便に近づけるため、姿勢以外にはどんな条件があるだろうか。



神さまが世界を創造し人類を生み出したという壮大な叙事史は、人間自身がかんがえ出したのか・・・


それとも神さまが人間にその正当さを気付かせたのか?


あまりにも幽玄・神秘な問題であって、とうてい私などの判断できることではない。


ところで私は、こういう解説を誰かに聞いたことがあります。


・・・万物の精霊や神々は当然、人間より上等の存在であるに違いない。


何故かといえば、それらは純粋に人間の想像そのものであり、純粋に精神の産物である。


してみれば物質から進化したわたしたち人類にくらべては、神や精霊は人間の精神から進化したものである以上、その存在に対しては人類が疑いをもつことは、ぜったい有りえないことである。


云々・・・。


電話での占いはココです。

新しく会社を設立する場合、社是、社則、職務規定などのルールは、三日もあれば立派につくれるが、随規というのは簡単にはできない。


根づくのにそうとう時間がかかる。


よくスポーツなどで伝統のある学校やチームは強いといわれるが、その伝統というのは長年にわたって培われてきた試行錯誤の集大成です。


一朝一夕にはできない。


随規もおなじことで、社会や会社などが長い時間をかけて、あちこち頭を打ちながらつくりあげた結果です。


よく新任や転勤者が〈とうぶんは勉強させていただきまして〉と殊勝な挨拶をするが、あれは〈陋規の勉強をしたい〉という意味です。

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